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2016年11月26日

西国三十三か所 草創1300年

西国三十三か所草創1300年がもう1年ちょっとで始まります。


平成30年(2018)は、かつて大和国長谷寺の開山徳道上人が病にて仮死状態になられた際、冥土で閻魔大王に会い、「生前の悪い行いによって地獄へ送られるものが多い故、観音の霊場へ参ることにより功徳が得られるよう、人々に観音菩薩の慈悲の心を説け」とのお告げを受け、起請文と宝印を授かって現世に戻され、その証拠でもって人々に観音信仰、及びその霊場へ参ることをすすめられた養老2年(718)より、数えて1300年になります。


徳道上人が極楽往生の通行証となる宝印をお配りになったという場所は、観音菩薩が衆生を救うために示現された霊験所や寺院でした。


このことにより、観音霊場を巡る西国三十三所という信仰となり、西国三十三所は日本最古にして、巡礼の元祖となったのです。


四国八十八か所は弘法大師さんの修行の後を辿って同行二人ですが、西国三十三か所は観音菩薩様にお願いするたびというわけです。
いずれにしても、お寺にお参りする気持ちには敬虔なものがあります。
色々なきっかけがあることでしょうが、ぜひとも巡ってみたいものです。


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2015年05月08日

西国三十三か所を巡る理由

西国三十三か所を巡る理由とは何でしょう。


西国三十三か所の巡礼は、長谷寺の徳道上人が養老2年(718年)に始めたと伝えられています。
病で仮死状態になった上人は、閻魔大王から「世に苦しみ悩む人を救うため、三十三か所の観音霊場を作り参拝を広めよ」と言われたそうです。


三十三の数は、法華経の観世音菩薩、観音経に由来するのです。
観世音菩薩が仏身、声門身、帝釈身、毘沙門身など三十三の姿に化身して人々を救う思想です。


昔は半年近くもかかったようですが、今では車なら10日から2週間程度ですべての札所を巡れます。
ただ、ありがたみも2週間程度になってしまうのかもしれません・・。


じっくりと観音菩薩と対面してみるという心構えや信念を持ってこそ、旅のありがたみや巡礼の功徳が身につくのかもしれません。



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2014年12月24日

三井寺

三井寺は、正式には「長等山園城寺(おんじょうじ)」といい、天台寺門宗の総本山です。
滋賀県大津市にある、天台寺門宗の総本山で山号を「長等山(ながらさん)」と称します。


平安時代、第五代天台座主・智証大師円珍和尚の卓越した個性によって天台別院として中興され、以来一千百余年にわたってその教法を今日に伝えてきました。


日本三不動の一である黄不動で著名な寺院で、観音堂は西国三十三所観音霊場の第14番札所です。
また、近江八景の1つである「三井の晩鐘」でも知られるところで除夜の鐘の時にはテレビでもおなじみです。

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一般には「三井寺(みいでら)」として知られます。
実は、三井寺に行って三井寺を探したのですが、その名前に該当するお寺はありませんでした。
園城寺が一番大きなお寺だったので、多分これが三井寺を代表するのだなと理解したのです。


さて、せっかく三井寺に行ってきたのだからと、三井の晩鐘も突いてきました。
一突き300円でした。

P1000192-2.jpg


三井寺の境内はとても広く、記念に線香を買って帰ったのですが、歩き疲れた頃に高台に登れば琵琶湖が一望でき、素晴らしいところでもありました。
ただ、琵琶湖畔にはビルやホテルが一杯で、かなり景観を損なっているなとも感じたものでした。
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